東日本大震災の思い出

KOYAMA社会保険労務士法人 仙台事務所の村山です。

 

あの震災の日から13年が過ぎようとしております。当時私は中学3年生で、クラス全員が先生に説教されていた最中でした。

校舎自体は新しく、地震が起きても揺れをそれほど感じないものだと思っていたのですが、激しい地響きや揺れによって同じ方向に動く机、机の下に隠れるよう必死に声を出す先生、窓外の野球場のポールがずっと揺れ続けている状況を今も鮮明に覚えています。

 

校舎から校庭へ避難する際は、各人が自分のタイミングで向かっている状況をみて避難訓練の意味を考え直した日でもあります。

 

自宅帰宅後も、電気や水道が止まっていたので、近所の小学校のプールから水をもってきて、風呂の桶に貯めたり、、、水で髪を洗ったり、、、、自分の暮らしが何不自由ないものだったんだと実感しました。

 

あの当時の経験を踏まえて、避難グッズは家に常備され、車のガソリンメーターも半分を切ったら随時入れる等、もしもの時を考えて生活する癖が付いてしまっています。

この癖を忘れることなくこれからも生きていこうと思うこの頃でした。